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『ROMA』2018 

Netflixで配信されてる作品だけど、劇場へ行って観た。アップリンク渋谷。音響がすっごいよかった…。

土着、辺境、ということばをこの7,8年ほどしょっちゅう思い浮かべるようになっている。あたしにはたぶん土着がわからない、というところから始まって、なんとなく土着のなかにいる、ということの体感、のようなものを想像するようにはなった…。でも結局わたしには土着がわからないんだろう、と、この天皇退位、改元のわちゃわちゃの中でもかんがえていたけど、映画を観ながらまたそれらのワードが浮かんだ。それから、この10年くらいで観た昭和30~40年くらいの日本の映画やテレビドラマ、その中で映された日本の風景なども思い出した、あたしはそれらを観ながら「…発展途上国じゃんね…」って思ったりしたんだ、ということなんかも。ロシアやトルコや中国やインドがどうも大帝国復活の野心を抱いてるようなイメージを抱くようになってそのことになぜか不安になったりもするけれども(なぜだろう)、あんな狭いところでせせこましく生きてるやつらに辺境呼ばわりされるのは納得いかないし何よりこっちのほうが広いじゃあないか、勝手に中心を決められて勝手に辺境などと言われるすじあいはない、などとそれらの国のひとたち(為政者?)が思っているとしたら、なんとなく「そういうのわかる気がする…」って言っちゃいたいようなところもあるんだよね…だってあたしはヨーロッパ人じゃあないもん。で、戦後昭和の日本の映画の一部が世界的(ってどこ?)に高評価を受けたことなんかも思い出す。ぐるぐる廻る、なにか。これも土着といえば土着なのか。映画や小説や音楽にあらわれてくる、ぐるぐる廻る、するするぐにょぐにょ動き回るなにか…は感じるな…と思いながら映画館を出た。名作とか言える感じじゃない、わたしはそういうことはよくわからない。でも、「こういうもの」が、いま、目の前にある、動き続けている、というのは、実感としてある。

画面がマンガっぽいなあ、とは思ったなあ。白黒画面の、輪郭と光の具合なんだろうか。バンドデシネっぽい感じというか。

平成さいご 

なんとなく思いついて気分で成田山新勝寺に。
結構行くの久しぶりだったんですが、門をくぐってみたら、境内のあっけらかーんとした感じに、ああ江戸っぽいねえ!こういうのもまあええよね、江戸やね!わるくないね!って思いました。講のモニュメント多すぎなのも江戸っぽい。
(ていうか講のモニュメント多すぎ…)

新天皇即位お祝いのおまもりなんぞを売ってたので「せっかくやしね」「せっかくやしね」って言いながら買ってきました。

(写真、ご縁日、って書いてあるのは、毎月28日の、不動明王の縁日だったかららしいです。
新勝寺はご本尊が不動明王。)
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連休明けに、(何かが)スタート、って感じはするなー
連休明けといえば、大学漫研に入ってからちょうど30年です。
2回生のGW明けに入会しに行った。「え?入会ですか?仮入会じゃなくて?」って当時の会長さんに2回くらい聞かれたのをよく覚えてる。
(そしてめっちゃきっぱり「入会です(キリッ」って答えました。決心して行ったので)
その4ヶ月前、クラスの友達の下宿に女の子7名くらいで泊まって新年会して、そこであの新元号発表を見たときには、自分が漫研に入りに行くことになるなんてまったく想像してなかった、、、というのは、この半年くらいよく思い出してました。

何かが動くとき、ってあるなあ、とおもいます。



『ブラック・クランズマン 』(2018) 

しょっぱなから映画・テレビニュース・ドラマ…etcのアメリカンカルチャー怒涛の引用で、これは高度や…ヤバイ…ってくじけそうになるけれども、とりあえず、70年代アメリカ刑事ドラマのフォーマットとテイストをまといながら70年代のテレビでは観ることがなかったであろうドラマを、アメリカ南北戦争の死傷者が並ぶ映像(『風と共に去りぬ』らしい…35年前に観たっきりで覚えてなかった…)と2017年のヘイトデモ/アンチ・ヘイトの暴力対立の動画で挟む構成、というレベルで受け取る。それでも緊張する。強くて高度な表現。でも、その端々を理解?キャッチ?できないわたしにも「知れ!学べ!」のアジテーションは認識できる。

Finding my life in the KEMURIKUSA 

けものフレンズというアニメの放映時、妙にSNSで盛り上がってたのでやじうま感覚で観てみたら、
「なんだかこれ作ってるひと(たち)めちゃめちゃ考えるひと(たち)でたいへんにハイセンスなひと(たち)なんではないだろうか…そしてあたしがものすごく好きになるようなものを作る人(たち)ではないだろうか…」
という印象を持ったので、次の作品である連続アニメ『ケムリクサ』を第1回から観てみたわけです。





というわけで第11話でガガーンとハンパないことになり
珍しくラクガキ投稿なんぞしてしまったよ…盛り上がってしまったよ…

↓最終話放送前日の朝投稿


↓最終話放送日の朝投稿


↓最終話放送翌朝に投稿



はあああ…つかれた…(楽しすぎて)

『ケムリクサ』、ほんとにいろんな次元で感慨が刺激されて忙しくてタイヘンだったんだけど、愚直に淡々と知識を得て知性でもって技術を獲得する、ということを描いたものがたりでもあったかも、って考えてまたしみじみしています。その描きかたも、動画世界の外周で「考察班」を中心にまた知識+知性→技術の渦が起きているありようも、かつてのマウンティングと冷笑を含んだような、マッチョを嫌う故に結果的にマッチョになってしまったようなメンタリティに根付いたもの(…まああたし個人の認識です…)とは確実に違っているようにあたしには受け取られて、それが喜ばしくもあるんだけれども、その一方で、そういう状況をあたしが体感することになるまで20年かかった、ということを残念に思う気持ちもあったりします。
でもなあ、、それって、、、マウンティングと冷笑を含んだような、マッチョを嫌う故に結果的にマッチョになってしまったようなメンタリティに根付いた空気?ひとたち?を避けてそこから逃げてきた20年だった、のかもしれないなあとも、、だとしたら、あたしにとっては喜ばしいことだ、と言い切れるのかもしれない…。

それにしても、ほんとに、わかば/ワカバの、「アクションとしては防御の人なんだけれども、ちゃんと知性で闘ってる」ありようが、あたしには「最前線-後方支援」という捉え方とは無縁なように思われて、すごくカッコイイ描き方だなあと思いました。わかば/ワカバというキャラクター、ものすごくかっこいい。「だって俺たちかわいそうだもんなー」「なー」な感覚とも無縁。
かっこいいと思います。

あとは、「かわいそうなこどものまんまじゃダメなんだ、絶対」ってこの20年思い続けたあたしにはもうほんとに、11話12話ぶっ刺さる。「かわいそうなこども」であるキャラクターが、状況解決のために取る行動もすごくいい。

5話くらいから「こんなに気に入ってるんだったらパッケージディスク買えばいいじゃん/いやでもなあ、持っててもたぶん観ないしなあ…」ってずうううううううっとモヤモヤしてたけどとりあえず上巻は注文しました…。制作チーム支援…になるかな。

わたしの妄想としては→irodori/たつき監督 チームの、Eテレ/月~金/1話7分/全20話 みたいなアニメを3ヶ月に1度×4回(まあもっと伸びてもOK)くらいで観たいです…




ロシア民謡とアヴリル・ラヴィーン新曲 




というわけで思いつきであそんでみた…


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dumb blonde は「おバカなブロンド女」って感じの言葉みたい。

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ポーリュシカ・ポーレもカチューシャもええ曲なので定期的に聴きたくなります。
そういうときはやっぱり赤軍合唱団、って思っちゃう。

[追加]
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